週末はWan・Can・Run!

イギリスのパブ・ビールにはまって本まで出してしまったが、娘が生まれてからは、飲みに行くとツマの冷たい視線が来るようになり・・・娘がパパから離れていく頃、念願のワンを迎えて、リュックに缶ビールを忍ばせて週末あちこち散歩の日々。イギリスを始めとするパブ情報のWebページはhttp://terryspub.nobody.jp/に引っ越し、休眠中。イギリスでのパブ旅については、こっちのほうに仮にアップしています。https://terryspub2009uk.hatenablog.com

20年ぶりの「ハイキュー!!」ならぬ「老朽」。。。

副題としては、「何でそれが好きか、思い出した瞬間。

 

 自分とバレーボールの付き合いは、相当古い。確か小4のとき、母親がやっていたママさんバレーの付属チームみたいな小学校のクラブで始めたのがきっかけ。

   小学校の背の順では前から2番目位だった私が、中学校ではバレー部に入り、3年生ではキャプテン、エース、セッターを兼ねていた。でも部員も少なく、弱小チーム。それでも副キャプテンとは毎日熱く、どう部活を運営するかを語りながら学校の帰り道の駐車場で数時間議論したり、そして自分自身が将来は全日本チームに入るかも、と思っていた(ああ、アホ)。

 高校も、何の迷いもなくバレー部に入るが、ようやくそこで現実を知る。まず、アタックをバシバシ打てていた中学のネットの高さは2m30㎝。高校ではそこから一気に13センチ上がった2m43㎝(国際試合と同じ)。身長175~180㎝中心の部員の中で、160㎝台だった僕は、レシーブを強化するしか道はなかった。今ではリベロというポジションがあるが、当時はそんなものはなく、背が低くアタックの戦力にならない選手はベンチで待機で、試合の流れを変えたいとき、レシーブを強化したいときに、出場するという役回りだった(それをピンチレシーバーと呼んでいた)。部活の練習時間は長く、授業前、昼休み、放課後、週末(練習試合)にすべて練習で、合宿では、吐くまで対人レシーブとかトレーニングで、気力・体力の限界までやっていた。それを経験しているからこそ、社会人になってから辛いことがあっても「あんときの合宿以上は辛くない」と思えている。大げさではなく、高校時代は恋愛とか遊びとかよりも、バレーボール中心の生活だった。ちょうどベンチ入りの数12人が同期の部員で、このメンバーで関東大会を目指したが叶わず、引退の時は皆で泣いた。。。

 大学では体育会系ではなく、同好会のほうに入り、合宿とか飲み会とかで遊びながら、皆でバレーボールを楽しんだ。「勝ち」にはこだわらないので、アタックも打たせてもらったりして、高校時代にはかなえられなかった「スタメン」をやれたりして、総合的には、大学時代が一番バレーの技術は高かったし、楽しんだと思う。

 社会人になり、教員時代にはバレー部の顧問をやり、教員をやめてからは、社会人の集まるチームを見つけ、月に1回くらい男女混合の試合形式で遊びとして続けた。そのチームは在日外国人も集まるチームだったが、日本人・外国人問わず、そこで知り合った友達と今でもつながっている。それだけでなく、中学のときの副キャプテン、高校の部活のメンバー、大学のサークルのメンバーとは今でも、そしてこれからも一生つながっていくと思う。

   以上が、11~30歳くらいまでの、私とバレーボールの縁だ。

 

 それから20年以上、なぜかバレーボールをやることはなかった。子育てや仕事で目まぐるしかったこともあるが、「もう若くないから、無理だ」と思っていたこともある。

ところが、今年、パリオリンピックで、男女ともに金メダルの可能性も秘めた試合を観戦しているうちに、、、今更ながら「ハイキュー!!」を読んでいるうちに、、、

どうしても、またバレーボールがしたくなってしまった。

ハイキュー!! 全45巻」も今更ながら、パリオリンピックをきっかけに読み始めた

 住んでいる地域で、同年代でまったり楽しんでいるチームってないかな、と検索したが、全然出てこない。自宅から徒歩3分くらいのとこに市営の体育館がある。そこで月に3回バレーボールコートを個人開放する日があることを知り、まずはそこでボールの感触を思い出すことにした。

写真下の方、18~21時に「バレーボール」 

 というわけで昨日の8月16日(金)、会社の休みをとって体育館に行く。実は、直前まで、やっぱりやめておこうかとも迷った。会社の同僚で、最近久しぶりにバドミントンをして、アキレス腱を切った人がいた。「今日は、まず感覚を思い出すだけ。怪我だけは絶対にしない」という、ものすごくベーシックな目標を強く決めて、開放時間は18~21時だっていうのに、張り切って30分も前に着いてしまったので、入念に手にテーピングを巻く。20年ぶりなのにテーピングの巻き方はしっかり覚えていて、自分は左人差し指に高校時代の怪我の後遺症があるので、そこを中心に巻く指はいつも決まっていた。全然記憶を手繰るまでもなく、どの指にどう巻くかを、自分の手が勝手にやってくれた。

この写真をとって、自分の手のおじいちゃんぶりにショック。。。(笑)

 さあ、それじゃ、ボールを触ろう、と体育館の係の人に貸してください、というと「すみません、今4号ボールしかないんですよ」な、なにー小学生用のあのボール? って一瞬思ったが、20年ぶりにやるんだから、また初心者からやるつもりでちょうどいいかもしれない、とそのボールを借りて体育館に入る。

最初は4号ボールでも重く感じた

 もしどこかのチームで占領されていたら困るなあ、試合に混ぜてもらっても無理して怪我してしまいそうだし、と思っていたが、昨日は台風が来ていたこともあり、その日は延べ8名くらいしかコートを使用しなかった。

 壁に向かって、投げる、トス、レシーブ、スパイクの壁打ち、と個人練習を1時間くらいやった。最初は、ボールが全然言うことを聞かず、こりゃ今日は練習じゃなくてリハビリだな、ひょっとしたら、このままボール感覚を思い出さずに今日終わるんじゃ、、、そんないやな予感も持ちつつコートを見渡すと、コート内では高校生らしき男の子がひたすらジャンプサーブの練習をしている。そのほかは遠目に社会人らしき男性が2人、個人練習をしている。「頼むから、誰も僕に『対人レシーブやってください』なんて言わないでくれよ」と願いながら、壁打ち練習をしているうちに、大分ボールが思うように動いてくれるようになってきた。オーバートスなら100回以上連続、アンダーなら50回、スパイクなら30回と、ある程度壁打ちを続けられるようになってきた。だけど、脚の方が全然弱っていて、昨夏富士山登る前に鍛えたハムストリングスとかはもうすでにぶよぶよだし、壁打ちしながら軽くジャンプするだけで、ふくらはぎがつった。最盛期は垂直飛び70㎝近く飛べたが、今は30㎝くらいしか飛べない気がする。

 よし、今日はボールに身体を慣らしたところで、後日5号ボール(国際試合の企画ボール)を買って、次回はそれに慣れて、誰かと対人レシーブやれるのは3回目くらいだな、でもそこまでたどり着けるかなと、今日はそろそろ上がろうと思ったとき、、、

「対人やりませんか」と社会人男性の一人(Aさんとしよう)が僕に声をかけてきた。見ると、僕と同年代位の感じだが、膝サポーターとかもして、いかにもバレーボーラーって感じだ。「あ、いや、すみません、今日20年ぶりなもんで、たぶんうまくできないと思うので、あの高校生とかいいんじゃないですか?」などと勝手に高校生にふってしまう。まもなく、Aさんと高校生はバシバシ「対人」を始めてほっとする。ちなみに「対人(タイジン)」とは、二人一組でキャッチボール、パス、レシーブ、時にはアタックを打ち合いながらラリーを続ける、ウォーミングアップでも練習でも、最もポピュラーな練習法だ。

 さ、本当にこれで帰ろう、と首の向きを変えると「あの、、、よかったら、僕初心者なんですけど、対人やってもらえませんか」と、もう一人の社会人男性(Bさん)がニコニコしながら声をかけてきた。見るとBさんも僕と同年代で、Aさんに比べたらバレーボーラー感は少ない。

・・・いっちょ、やるか!

 意を決して、Bさんと対人を始めた。キャッチボール、パス、レシーブ、アタックと進む頃には、自称「初心者」のBさんと同じくらいの感じで、僕も対人練習を続けることができていた。聞くとBさんも、初心者というよりは僕と同じ久しぶりのバレーで今日は3回目ということで、お互い、正面に来たボールだけを処理するようにして、遠くのボールには手を出さないようにしていた。アキレス腱、アキレス腱、、、

 30分くらいやって、さあ、もう完全に今日は終了! と思ったら、Bさんが、「あの2人にもお声がけしましょうか」とニコニコしている。もしや、試合形式になるのでは? と心配したが、どうやら2対2の「対人」をしようということらしい。始まった。2人と2人で向かい合って、パス、アタック、レシーブなどの「対人レシーブ」を続ける。1外1の対人よりも、ボールに触る機会が半分になるので、体力も消耗しない。まさにリハビリに打ってつけの練習法だった。

 体育館に入ったのが18時、Bさんとの対人を始めたのが19時、4人対人を始めたのが19時30分、そしてこれがローテーションをしながら20時過ぎまで続いた。

 「はい、取ります!」「そっち、お願いします」「ナイスレシーブ!」「あ、ごめんなさい、横にそれた」声を掛け合いながら、時には10回以上もラリーが続いた。

 やっぱり、一人で壁打ちするより、リハビリが早いし、何より楽しい!

 そのとき僕は、何で今までバレーボールが好きだったのかを、完全に思い出した。楽しいからだ。ひとりで黙々とする練習も必要だが、それを踏まえて、みんなでする練習、試合、、、レシーブ、トス、スパイク、、、これがつながったときが何より楽しいし、自分一人ではできず、複数で協力しながら楽しむ。。。そんな楽しさに憑りつかれたからこそずっとバレーボールをやってきたんだな、と思い出した。

 

 4人対人に疲れると、最後は高校生がスパイク練習をしたいというので、高校生以外の3人はトス出し、トス、レシーブの3ポジションに入り、ひたすら彼にスパイク練習をしてもらった。3ポジションを3人の同年代でローテーションした。

 そんなこんなで、当初1時間で切り上げようと思ったが、まるまる3時間コートにいた。レシーブした腕はパンパン、トスで指も痛い、ふくらはぎはずっとつりそう、と身体は辛いが、心は大満足。

 まだバレーを始めて4か月というその高1生に「君センスあるんじゃん。これからもがんばれよ」と皆で声をかけ、同年代3人は「同年代のチームの情報があった交換し合いましょう」とLINE交換して、それぞれ台風のなか帰路についた。

 今、筋肉痛のプルプルする腕でこれを打っている。これから、5号ボールを買って、シューズ、サポーターを買って、脚を鍛えて、、、どんなにリハビリを重ねても、「ハイキュー‼」の主人公の日向翔陽のように、高くジャンプしてスパイクを打てることはもうないと思う。でも、あの「楽しさ」を感じることは昔以上にできる気がしている。まあ、怪我しないように、ゆっくりやっていこう。

コートの感じも、懐かしい!